鬼風
裕福な商家の奉公人・春虎(チュンフー)は、生来気弱で優しい性格故に仲間たちにいじめられ、ある月夜の晩に一人で肝試しに行かされる。そこで彼が出会ったのは異形の醜さを忌み嫌われ、廟に封じられていた不可思議な鬼神だった。春虎と彼によって鬼風(クイフェイ)と名付けられた鬼神は主従の契約を交わし、新しい日々が始まるのだが……。絶対に素顔を見せないミステリアスな鬼神と健気な奉公人の主従BL。(中華ファンタジー/人外/鬼神×奉公人/不細工攻め×健気受け)イラスト:ごまだれはまち(@gomadarehamachi)様作者Twitter:@wKoxaUr47xGeAZy■本文サンプル■「ひっ、ひっ、ひ……ごめんなさい、罰当たりでした、もうしません、廟を荒らしてごめんなさい……」「いーや、許せねえな」「!」凄まじい勢いで顔を上げる。廟内に殷々と何者かの声が響く。「罰として○キ、俺を逃がす手伝いをしろ」「だれですか?」「誰だって?しゃらくせえ!」酒場でくだ巻く無頼漢さながら伝法な啖呵を切り、けらけら笑いのめす。そこらじゅうで物音が立ち、柱と床板がみしりと軋む。「ば、化け物……」「おうとも、化け物だ!」あちこちを殴り付けて回る音がやみ、春虎の鼻先に渦を巻いて埃が乱舞。「おもての雑魚どもが言ってたろ?いくら血の巡りの鈍い○キだって危険な場所には危険なもんがいるって察しがつくだろ」「廟に閉じ込められてるっていう……」「鬼神ちゃんだ」あっけらかんと宣言。竜巻を纏った何者かはすこぶる上機嫌に続ける。「陰気が高まる新月の晩、復活にゃお誂え向きだ。百年かかってようやっとここまで力を取り戻した、が、限界だ!だめ、むり、お手上げ、降参!おい○キ、そこに貼ってある札が見えんだろ?」目を瞑りたい衝動に抗い、やっとの思いで眼球から瞼をひっぺがし、示された方角を向く。「アイツをとれ」「できません」即答。鬼神は激怒する。鈍い音が連続し衝撃波が炸裂、天井床壁に自暴自棄の無軌道さで力の塊が衝突して撓む、癇癪の暴発に両耳を塞ぎしゃがみこむ。「できませんってな何だクソ○キ、俺は百年もおんぼろ廟でひとが通りかかンの待ってたんだぞ、数十年ぶりにやってきた人間だ、うんと言うまで返すもんか!」「だ……だって、悪いものなんでしょ。さっき他の魔物たちが言ってた、悪さのしすぎで封印されたって……解き放てば悪さを働く、お屋敷の人たちを困らせる、旦那様に仕返しする!」「はッ、俺あそんな度量の小せえ男じゃねえぜ!だいいちとっくに代替わりしてんだろうが、俺を廟にぶちこんだヤツは憎いが子孫にまで恨みはねえ」「駄目、だめです!悪いことしたから百年も閉じ込められてるんだろ、人を祟って死なせて作物枯らして……悪い病をまきちらして……お前は悪い魔物だ、外にでちゃいけないんだ、永遠にここにいろ!」コイツを解き放てばたくさんの人が不幸になる。ありったけの勇気を振り絞って怒鳴れば、唐突に騒音が病んで廟に静寂が戻る。しばらくして聞こえてきたのは、しおらしい嗚咽。春虎は大いに当惑。「………泣いてるの?」どうして?凄い力をもってる、凄い悪い魔物なのに。「悔い改めてやり直そうとしてる俺様を黴くせえ、埃っぽい、こんな廃屋に永遠に縛り付けようってか。人間はくせに血も涙もねえ」「あの」「ド外道当主め、いっそ殺しゃよかったんだ、これじゃ生殺しだ。じめじめ薄暗い闇ン中に閉じ込められて話し相手もねえ、百年前は自由に空を飛び回ってた俺様が今じゃこのザマ、床下のネズミにだってシカトされる始末」よよと泣き崩れる。まるで自分が泣かせてしまったみたいなバツの悪さ。「誰も彼もが悪党って決め付ける、改心したって訴えても信じてくれねえ」「改心したの……?」「百年も廟にぶちこまれたんだぜ、いやでも改心するさ!今じゃこのとおりすっかり心を入れ替えて……そうだ、取り引きしようや」名案を閃いたと嬉々として。「身なりから察するにお前、下働きだろ。毎日毎日牛馬みてえにこき使われてんだろ。封印解いてくれたら家来になって恩返ししてやる。貢献するぜ俺さまは」「信じられない……改心したって証拠を見せてよ」「経でも唱えりゃいいのか?」「僕一人じゃ決められない……旦那様に相談しないと」春虎のすぐ後ろで轟音が炸裂。反射的に凍り付く。「わっかんねえかなあ、ンなことしたら丸損だ。お前の家来になってやるって言ってんだぜ?旦那様なんぞ担ぎ出したらせっかくのうまい話がパアだぜ?千載一遇の好機を棒に振るのか」鼓膜をざらり舐め上げる声のいやらしさに鳥肌が広がる。「俺が付いてりゃ百人力だ、どんな辛え仕事だって一瞬で終わらしてやる、人間どもが崇め奉る鬼神サマだからな」「でも……」「煮えきらねえ奴だなあ」舌打ちの後ははぁんとひとり合点。「こんな夜更けに○キが廟に迷い込むとは面妖だとおもっていたが、なるほどね、朋輩にいじめられたんだな」